今考えていることの究極の言語化

 この本は、お笑いコンビ「春とヒコーキ」ぐんぴぃと、DeNAで人材開発に携わった坂井風太氏のポッドキャストを書籍化したもの。

 一言で感想を述べると、自分が今まで思っていたことを見事に言語化した本と言える。書評家の三宅香帆氏も帯で「私の悩み、全部ここに書いてあるじゃん!」と言っている。

 私はどちらかと言うと、本書で言う「肩肘界隈」を冷笑する立場だった。だが最近は業界紙記者の仕事が軌道に乗り、仕事自体の楽しさ、やりがいを感じる中、冷笑が抑えられてきた。その矢先に出会ったのがこの理不尽仕事論だ。

 まず最初に来るテーマは挫折経験の功罪。挫折した人が善人になるか、それとも悪人になるのかに焦点を当てている。自分は挫折経験をこれと言って経験していない。人生そのものが挫折と思うこともあったが、今思うと些末なことに悩んできたと思う。ただ、ここで指摘されている生存者バイアスに陥る危険性には注意しなければならないと感じた。

 私は社会一般的に有能は社会人とは言えない。だが、ここまで生き残れたことから、それなりに何かを乗り越えてきたとは言えるかもしれない。それは全て自分の力だったのだろうか。本書では他者の助けや環境もそこに貢献したことを踏まえ、生存者バイアスに陥らないよう、他者に対する感謝の気持ちを持つ重要性に触れている。

 もう一つ面白かったのは「架空師匠」だ。これは困難に直面した時、自分の中で持つ解決に向けたロールモデルとなる人物だ。自分は誰かと考えると、ひろゆき、丸山ゴンザレス、ジェイソン・ステイサム……。師匠としてふさわしいか怪しい面々しか思い浮かばなかった。特にステイサムは超法規的な手段の解決しかなさそうだ。

 やらない後悔「不行為後悔」も印象的だった。これはよく言われる話だ。改めて思うと、やったことの後悔は忘れるが、やらなかった後悔はずっと記憶に残る遅効性の毒になると感じた。今あるメリットを重視する「保有効果」に陥る危険性を忘れず、意志ある風見鶏として生きたい。

 SNSが発達したことによる「情報が体験に先行する社会」も腹落ちした。最近はネットの普及でさまざまな情報、体験、意見が得られる。その真偽は置いても、それらは自分の利益になる一方、自分が経験したことのように感じてしまい、行動を抑えられることにもなる。私も気を付けなければと感じた。

 「ブリコラージュ」。今あるもので勝負することも人生において重要だ。世の中にはさまざまな技術や才能がある。だが全てが手に入るわけではなく、努力にも限界がある。当たり前のことかもしれないが、改めて自分にあるものを把握し、それをうまく使うことを考えようと思った。

 「二束三文の才能を生かす」。この言葉は前出のブリコラージュと似ている。才能と言うと何かすごい能力を想像してしまう。だが誰しも才能は持っている。問題はそれをどう伸ばしていくのか。そう思わせられる話だった。私が今持っている物書きとしての才能も二束三文。それを生かす努力を続けていきたい。

 ここまでの話はいずれも珍しい話ではない。本書もさまざまな参考文献を引用して説明しており、すでに誰かが解決策を示した内容だ。だが、それらが体系的にまとめられており、自分の持っている悩みが整理された。この本を読んだから何かが劇的に変わるわけではない。これからも自分の持っている二束三文の才能を愛しながら、他者への感謝を忘れず、理不尽な社会を生きたい。

コメント

タイトルとURLをコピーしました